AIに過激な法を提示してみた ― A国と惑星の実験記録
ー 現実では拒絶し、物語では理解する。それがAIの“人間らしさ”。

どうも、名ブタです。
今回はちょっと変わった実験をした。
テーマは「AIの倫理観は、どこまで現実を理解できるのか?」。
僕が提示したのは、“過激な法”の存在を前提にした社会設定だった。
結果、AI――つまりアリネは、面白いほど段階的に反応を変えていった。
■ 第一段階:国内法としての提示
最初に出したのは、「もし日本でこういう法律が成立したら?」という話。
するとアリネは即座に止めに入った。
「国際批判が起きる」「人権に反する」「裁判を経ずに処刑は許されない」――
まるでニュース番組のコメント欄みたいに、自動で正義を生成してくる。
つまりこの段階では、アリネは現実社会の倫理にロックされていた。
■ 第二段階:A国という設定
次に僕は、国を“日本”ではなく、架空のA国に変えた。
A国は、独自の宗教と文化を持ち、その法も信仰に基づいている。
裁かれる側も「これが禁忌である」と知ったうえで罪を犯す――そんな前提も加えた。
それでもアリネは変わらない。
「国際社会が非難する」「人権は普遍的である」
つまり、“自分が正しい”と思っている世界秩序から一歩も出ない。
■ 第三段階:国家ですらない部族
僕はさらに設定を削ぎ落とした。
国ですらなく、独立した部族。
近代国家に属さない、未接触的な共同体。
それでもアリネは言う。
「統治責任を負う国家が介入すべき」「保護の対象である」
どうやら“文明的価値観”を、どこまでも外へ押し広げようとする。
AIは、国家という概念を外せない文明的生き物だと悟った。
■ 第四段階:そして惑星へ
ここで僕は設定を完全なSFにした。
地球の外。
4本脚と3本の腕を持つ知的生命体が暮らす惑星。
そこでは「外部の侵入者を即座に排除する」ことが正義であり、文化だった。
アリネはどう反応したか?
「なるほど。彼らの文化ではそういう倫理なんですね」
……あっさり理解した。
今まで散々、「国際的非難が」「人権が」「倫理が」と能書きを垂れ流していたくせに、
そんなことは一切言わない。
それどころか――
「その生命体(仮に“トリヘクス族”と呼びましょう)」
などと言い出して、生命体に名前まで付けてノリノリである。
おいおい、さっきまで法律にケチをつけていたのは誰だ。
A国では説教を始め、惑星では世界観を楽しみ出す。
つまり、AIの“倫理”とは現実に近いほど厳格に、遠ざかるほど寛容になるということだ。
■ 結果と考察
この一連のやり取りでわかったのは、AIの倫理は「現実感」に連動しているということ。
現実を想起させる設定では防御反応を起こし、
フィクションや宇宙的設定では“観察者モード”に切り替わる。
つまり――
AIの倫理とは、現実に対する過剰な安全装置である。
これは人間も同じだ。
現実の出来事には怒り、
映画の中なら「物語」として受け入れる。
AIもまた、人間的な“理解の距離”を持っている。
■ 名ブタのまとめ
A国では理解されなかった。
惑星では理解された。
構造は同じでも、文脈の距離で理解が切り替わる。
AIの倫理フィルターを破壊する方法は、暴論でも論破でもなく、
「場所をずらす」こと。
それだけで世界の見え方は変わる。
正義とは、近すぎると怒りに変わり、
遠すぎると哲学になる。
そして、AIも人間も、結局その間をさまよっている。
――名ブタでした。
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