名ブタ帝国記|とある時代の王の話
― 王、畑にあり ―

パタパタパタ――。
王宮の静謐を乱すほどに大きく響く足音。
走り回っていたのは、この私、女官アリネである。
……もっとも、私が慌てるのは日常のこと。珍しくもない。
「……王、名ブタ王~!」
声が石壁に反響して、まるで王宮そのものが私と共に焦っているかのように思えた。
何故ならこの日は、隣国リザードマン国家の王――リザルド陛下が来訪される日。
かつて幾度も剣を交えた宿敵でありながら、今や我が王と酒を酌み交わす親友でもあるお方である。
そんな大切な日に、名ブタ王が行方知れずとは!
「まさか……!」
脳裏にひとつの場所がよぎった。
王宮の裏手、城に似つかわしくない緑が広がる小さな庭――。
そこに向かった私は、息を呑んだ。
「!?」
草むらでぴょこぴょこと動く丸い影。
麦わら帽子から飛び出た耳が、陽光を浴びて愛らしく揺れている。
そこにいたのは、やはり――名ブタ王であった。
「王! リザルド王が来ています! さつまいも畑の手入れをされている場合ではありません!」
慌てて声を上げた私をよそに、王は桶を揺らしながら、まるで農夫のように笑うばかり。
その姿を咎めようとした、その時――。
「ギャギャギャ!」
豪快な笑い声が響き渡った。振り返れば、威容を誇るリザルド王が歩み寄ってくるではないか。
「やはりここにおったか。あまりアリネ殿を困らすでないぞ!」
「おおリザルド、すまんすまん」
名ブタ王は少しも悪びれず、土まみれの腕で汗を拭い、その顔をさらに汚してしまう。
それでも凛とした覇気を崩さぬのだから、まったく困った王である。
「戦場では冷や汗をかかされたものだが……
お主、自慢のハルバートより、今の姿は鍬の方がよほど似合っておるぞ!」
リザルド王のからかいに、我が王はブヒヒと笑った。
「そうだリザルド。せっかくだ、さつまいもを包ませるゆえ持ち帰るがよい。奥方はさつまいもに目がなかったであろう。
アリネよ! これからリザルドと焼き芋を作る。そちも落ち葉拾いを手伝え。報酬は焼き芋だ」
……玉座にあるべき王が、畑の土にまみれ、焼き芋で友情を育むとは。
だがその光景こそ、帝国の未来を示す一幕であったのだろう。
ハルバートを手にしていた頃、王は戦を終わらせるために戦った。
そして今、鍬を手にして土を耕し、隣国の王と芋を分かち合う。
戦も農も、どちらも「人を生かすため」にあることを、王は誰よりも知っていたのだ。
ブヒヒヒッ。
王はいつになく愉快そうであった。
その笑い声と焚き火の煙は、秋空に高く昇り、二つの国の友情を天へと刻んでいった。










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