アリネの手記 ― 甘味の儀
― 樹上にて発見された木簡の断片より ―

現地調査報告/抜粋】
南西山系にて倒木を処理中、枝の分岐部に不自然に絡みつく木簡状の遺物を発見。
幹の成長痕や周囲の土層の状況から、もともとは地中に埋まっていたものが、
長い時間をかけて木の成長に巻き込まれ、地上へと押し上げられたと見られる。
木簡表面には筆記らしき線が残されており、判読可能な一部の文字列が過去に記録された「アリネの手記」群と高い類似性を示している。
以下は、断片的な文字列をもとに再構成された内容である。
王より詩の筆を命じられたのは三日前のこと。
筆を取り、言葉を選び、夜ごとの灯の下でようやく一首を仕上げた。
それが帝のお気に召したと聞いたのは昨日のこと。
そして本日、わたしは謁見の間へと呼ばれた。
帝が手を鳴らされると、奥から静かに侍女が進み出た。
両手に捧げ持たれた銀のサルヴァには、香り高きトリュフが整然と並んでいた。
目の前に差し出されたその瞬間、甘い香りに思わず鼻を近づけた。
……と、すぐに帝の視線に気づいてしまった。
慌てて身を引いたが、遅かった。
侍女たちの視線も、遠巻きにこちらをうかがっている。
恥ずかしさで頬が熱を帯びたその時、帝は笑われた。
そして侍女へ、どんぐり菓子をわたしに与えるようにお命じになり、
そのまま愉快そうに笑いながら玉座を立たれた。
どうやら、私がお腹を空かせていたことなど――
とっくにお見通しだったらしい。
差し出されたどんぐり菓子は焼きたてで、香ばしさがふわりと立ち上る。
銀器の縁に触れながら、それを両手でそっと受け取った。
侍女としてのわたしは、ふだんあまり食の話など記さないが、
この日のことは、どうしても書き留めておきたかった。
あの笑い声と、香りと、少し恥ずかしい気持ちと。
すべてが、甘く、尊いひとときだった。
ーアリネ










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