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【書籍レビュー】:小説”永遠の0”の「0」に、何を見る?

― タイトルの意味を考えてみたレビュー

本を読むブタ

どうも、名ブタです。

映画で知っていた人も多いと思うけど、僕は最近 オーディオブックで原作を聴いてみたんだ。

そこで改めて、このタイトルに込められた「0」という言葉の奥行きに考えさせられた。今日は少しネタバレを含みつつ、小説の概要と「0」の意味について感じたことを書いてみたい。


永遠の0はどんな物語か

物語の始まりは、佐伯健太郎が司法試験に落ちて気持ちを持て余していたとき、姉に誘われて実祖父・宮部久蔵を調べることになったところから始まる。
健太郎と姉は関係者を訪ね歩き、戦時中の宮部の姿を聞き取っていく。物語の中心にいる宮部は、凄腕の零戦乗りでありながら積極的に戦闘に参加せず、仲間から「臆病者」と疎まれる存在だった。けれど、その行動には理由があり、彼の想いを通じて「戦争とは何か」が浮かび上がっていく。
単なる戦闘機乗りの物語ではなく、人間の矛盾や戦争の愚かしさに切り込む小説なんだ。


読後に残った「0」についての考え

小説『永遠の0』は、単純に見れば零戦の「0」なんだけど、それ以上の意味を持っているように感じる。
0は1~9の中でも特別に扱われる数字で、「何もない=無」であると同時に「すべての始まり=原点」でもある。

主人公の宮部は、戦争において生き残ることを第一にしていたリアリストだった。けれど最後は戦死する。――ここにすでに矛盾があるよね。
ただ、宮部は死んで終わりじゃない。その想いを教え子に託し、さらにその想いは佐伯健太郎や姉へと受け継がれていく。

この「受け渡しの連鎖」こそが、物語の本当の核なんだと思う。
戦争は「家族のために生きたい人」を死地に向かわせ、命を散らせる。個人の想いとは裏腹に犠牲になる命がある。だけど、同時に想いを受け継ぐ人も存在する。


不変の0、受け継がれる0

0は変わらない、不変の数字。どんな数と掛け合わせても0は0のまま。
その性質は、宮部の想いそのものに重なる。死によって形は失われても、変わらない核=0は確かに残り続け、次へと渡される。

だから僕は「永遠の0」というタイトルに、受け継がれる想いの不変性を感じたんだ。
今を生きる僕らが平和な時代を享受しているのも、そうした「0」が代々受け継がれた結果なのかもしれない。つまり、僕ら一人ひとりの中にも「0」が息づいているってことだね。


みんなはどう思う?

僕はこんなふうに「0」を読んでみたけど、この解釈は人によって違っていいと思う。
零戦の符号として? 無や原点として? それとも受け継がれる核として?

みんなは『永遠の0』の“0”に、どんな意味を感じる?

それじゃ今日はこのへんで。読んでくれてありがとう。

名ブタでした。

 

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Posted by 名もなきブタ

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