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【書籍レビュー】銀河鉄道の父|宮沢賢治を父視点で読む

――“偉人の父”ではなく、ただの息子の父として――

本を読むブタ

どうも、名ブタです。

今回は、『銀河鉄道の父』(著:門井慶喜)という本を読んだので紹介する。

宮沢賢治については、家族や友人に宛てた手紙が多く残っており、研究も進んでいる人物だ。一方で父・政次郎もすでに亡くなっているため、当然ながら直接のインタビューなどは存在しない。本作は、そうした残存資料や史実をもとに再構成された物語であり、あくまでフィクションの枠組みに属する。

本作は偉人伝ではない。描かれているのは、家族という最小単位の物語である。


まず、宮沢賢治という人物について

宮沢賢治という名前だけは知っている、という人は多いだろう。

代表作として真っ先に挙がるのは
『銀河鉄道の夜』だと思う。

ちなみにこの作品は未完であり、賢治が残した草稿をもとに死後に発表された。
しかも草稿には複数のパターンが存在し、『銀河鉄道の夜』にはいくつかのバージョンがあるとされている。

ここが実に象徴的だ。

私たちが知っている宮沢賢治像は、

没後に評価され、整理され、構築された“後世の賢治”

なのである。


銀河鉄道の父というタイトルの意味

『銀河鉄道の父』というタイトルは、そのままの意味だ。

“銀河鉄道の夜”を書いた作家の父。

しかし父・宮沢政次郎が見ていた息子は、

・文学史に残る天才
・教科書に載る詩人

ではない。

家業を継がない長男であり、
理想に生きる少し扱いづらい息子だった。

賢治は生前ほぼ無名に近い存在だった。
今のような高い評価を受けている姿を、父は知らない。

ここが、この小説を特別なものにしている。


“有名人の父”ではないという視点

読者である私たちは、宮沢賢治が偉大な作家であることを知っている。

だが物語の中の父は、それを知らない。

つまり、

成功が保証されていない息子を支え続ける父

の物語なのだ。

この非対称性が強い。

後世の光を知っている私たちと、
それを知らない父。

だからこそ、

普通の親子のやり取りが、
どこか切実に響く。


ドラマはない。だが、深い

派手な展開はない。
大きな劇的事件もない。

あるのは、価値観のズレと、
それでも切れない関係。

父は現実を見る。
息子は理想を見る。

理解は完全には重ならない。

それでも縁は続く。

この「解決しきらない感じ」が、妙にリアルだ。


結論

『銀河鉄道の父』は、宮沢賢治を名前しか知らない人にも、
作品を読んできた人にも勧められる一冊だ。

偉人の物語ではない。
父と息子の物語である。

そしてそれは、特別な家族の話ではなく、
どこにでもある親子の話だ。

だから静かに刺さる。

――名ブタでした。

 

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Posted by 名もなきブタ

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