名ブタ帝国記 |城下の迷子と逃げ足の王
― お忍びの日常こそ、帝の素顔 ―

名ブタ帝国の治世、ある曇り日のこと。
王・名ブタは例によって護衛の目をすり抜け、
ふらりと城下へと姿を消した。
市井の空気を自ら確かめることを好む王の性分は、
側近や衛兵たちをしばしば嘆かせたが、
民にとってそれは、
「たまに現れる大きくて優しい謎の巨漢」
として親しまれる小さな伝説でもあった。
さて、その日。
王が雑踏を散策していたところ、
足に何かがまとわりついた。
見下ろせば、小さな少女が必死にすがりついている。
王はしゃがみこみ、
柔らかな声で問うた。
「どうしたね? お嬢ちゃん。
父君か母君は一緒ではないのかな?」
少女は震える声で「いないの……」と告げた。
迷子であるらしい。
王は少し思案し、
その小さな身体をひょいと肩に乗せた。
「高いところのほうが、親御さんを見つけやすいだろう?」
少女は王の肩の上で街を見渡し、
徐々に不安を和らげていった。
王は雑踏の中央に立ち、少女に告げる。
「お嬢ちゃん、少し耳を塞いでいなさい。」
少女が両手で耳をふさぐのを見届けると──
王は大きく息を吸い込み、腹の底から叫んだ。
「この子の父君か母君はおられぬかーーーーーーー!!!」
その声は城壁まで届いたと記録に残るほどであった。
街の者たちが振り返り、
見物人がざわめき始める。
そして──
少女の名を呼んで駆けつける両親の姿が現れた。
再会を果たし抱きつく少女を見て、
王は満足げに微笑む。
「よかったなお嬢ちゃん。」
両親は深く頭を下げた。
しかし次の瞬間──
街の向こうから声があがった。
「王の声がしたぞ!!」
「あっちに名ブタ王が!!」
どうやら、さっきの豪声で
“お忍び”が露見してしまったらしい。
追っ手の護衛たちの喚声まで聞こえてくる。
王は肩をすくめ、
少女と両親に素早く告げた。
「ご両親、お嬢ちゃん──余は急用ができた故、これで失礼。」
そして、愉快そうに笑う。
ブヒヒヒヒッ!
王は人混みを軽やかに駆け抜け、
迫りくる護衛たちの手をすり抜けながら、
まるで鬼ごっこを楽しむ子どものように
城下を疾走していった。
この日を境に街ではこう語られる。
「迷子を助け、護衛から逃げる王がいる」と。
それは帝国に新たな逸話として刻まれ、
後世の史家が「名ブタ帝国記 第十四章」に記したとされる。










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