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火焔公伝説 #2|放浪の炎と三百年の平和

― 暴君は生き、民の腹を満たす旅人となった ―

炎を模した高貴な鎧をまとう名ブタ皇帝の威厳ある姿」

火焔公は――生きていた。
嵐の谷で空帝に討たれたとされるあの日、歴史の表舞台から姿を消した彼は、名も肩書も捨て、旅に出た。
名乗った名は「トン・チャーシュー」。ただの料理人“トンさん”として。

トンさん漫遊記

包丁と鍋を抱え、大陸の果てから果てまで。
北方の雪国では凍える人々に熱々のスープを振る舞い、南海の港町では香辛料を駆使した灼熱チャーシューで港中を沸かせた。
戦火に荒れた村に着けば、敵味方を同じ鍋の前に座らせ、腹を満たさせた。

「なぁに、大概のいざこざは、一緒に飯を食って、腹が満たされる頃には解決してるもんブヒ」
この言葉は国境を越えて広まり、和平の合言葉となっていった。

だが――なぜ火焔公は生き延びたのか。

アリネの真実

火焔公は苛烈にして無慈悲な暴君――民はそう信じて疑わない。
このままでは歴史は暴君の名だけを刻むだろう。

だが、アリネにはそれが我慢ならなかった。

アリネは知っていた。
本来の陛下は、虫一匹も無為に殺さぬお方だということを。

闘剣決断の儀で炎に包まれた者の中に、命を奪われなかった者がいる。
そのことを公にはできない。
陛下自らが望んだ芝居だからだ。

陛下の真意も、救われた者たちの存在も、永遠に闇に沈む。

だからアリネは、密かに埋葬者の記録を残した。
公式の記録とは異なる“真の数”を。
後の世でもいい。
もし誰かがその不一致に気づけば、
生き延びた者がいたのだと、推し量るだろう。

そうすれば――火焔公の汚名も、ほんの少しは雪げるかもしれない。

アリネはただ、それを願う。

炎の底で

あの日、嵐の谷の決戦。
空帝の雷撃を受け、大剣は砕け、火焔公の巨躯は深い霧の底へと沈んだ。
観衆は歓声を上げ、誰もが暴君の死を信じた。

だが谷底には、一団の影が駆け下りていた。
かつて処刑場から逃がされた罪人たち。
アリネから密命を受け、「もし陛下が危機に陥れば救え」と告げられていた者たちだった。

「火焔公……どうかご無事で……!」
「……いや、あの一撃じゃ……」
「それでも、せめて安らげる場所に葬らねば」

彼らは雷鳴がまだ谷を轟かせる中、岩をよじ登り、霧をかき分けて進んだ。
そして――

「……っ! 火焔公!」
土と血に塗れ、倒れたままの巨体がそこにあった。

「ははっ……やはりだ……この程度で……くたばるお方じゃ……ない……!」
「まだ息がある! 応急処置を! 急げ!」
「用意した偽の死体と衣服を入れ替えるんだ!」

布が擦れ、血の匂いが混じる。
一人が必死に傷口を押さえ、別の者が帝国製の紋章を剥ぎ取って捨てた。
最後に一人が、小さく呟いた。

「……陛下。俺たちは、あんたの炎に焼かれたはずの命だ。
 でも、あんたは……俺たちを生かした。
 今度は、俺たちが……あんたを生かす番だ」

霧の中、誰も涙を見せなかった。

三百年の陽だまり

あれから三百年。
世界は小さな小競り合いこそあれ、大戦と呼べる争いは一度も起こらなかった。
火焔公が身を挺して撒いた種は、大地を巡り、世を静かに覆っていた。

暴君としての逸話は、戦争を遠ざけるための戒めとして人々に語り継がれた。
だが同時に、罪人を救い、放浪の料理人「トンさん」として弱き者を助け、諸国を巡ったという真偽不明の善なる逸話も残った。
学者たちは言う――その二面性こそが、火焔公を歴代皇帝の中でも特別に民衆から愛される存在にしているのだと。

そして、その善なる噂は偶然ではなかった。
アリネが密かに蒔いた証言の種、救われた者たちの口伝、真意を知る者の囁き――
それらが時を越えて根を張り、芽吹き、花を咲かせたのだ。

その信憑性を裏付ける史実が一つある。
火焔公を討った空帝は、その死を国を挙げて弔った。
表向きは「暴君の怨念を断ち切るための盛大な葬儀」だったが、
当時の記録には、棺の前で佇む空帝が、怨恨とは無縁の友人のような眼差しをしていたと残されている。

アリネの願いは、彼女が望んだ以上に、美しい形で世に息づいていた。

丘の上、青空の下。
ひとりの影が、静かに草をむしっている。
「今日も良い天気、ね、トンさん☆」
アリネは、かつて仕えた皇帝の眠る丘に腰を下ろし、柔らかく笑った。
その笑みは、三百年前の炎を知る者の笑みであり、
今もなお、この世に残る“炎の優しさ”を信じる者の笑みだった。


 

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Posted by 名もなきブタ

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