静かな国で迎える、新しい年
ー謹賀新年2026

静かな国で迎える、新しい年
新年あけけましておめでとうございます。
名ブタとアリネです。
年末年始というのは、不思議な時間です。
一年の中で最も区切りを意識する日でありながら、
同時に、日本全体が最も静かになる日でもあります。
街から仕事の音が消え、
人の動きが緩み、
連絡も自然と減っていく。
それでも日本では、
この時期になると決まって言葉が交わされます。
「良いお年を」
「あけましておめでとうございます」
「ことよろ」
普段から顔を合わせている相手に対しても、
あらためて、です。
何かを変えなくても、言葉を交わす
この挨拶は、何かを解決するわけではありません。
関係が良くなる保証もなければ、
問題が消えるわけでもない。
それでも、日本人は言葉を交わします。
それはきっと、
人と人の関係を調整しているのではなく、
時間の区切りを共有しているからなのでしょう。
一年が巡ったこと。
世界がまた一段、進んだこと。
その事実だけを、
一度みんなで静かに確認する。
一年でいちばん、日本が静かな日
年末年始、
神社仏閣は参拝客で賑わいます。
けれど、それ以外を見渡すと、
日本全体は驚くほど静かです。
賑わいはあるのに、騒がしくない。
人は多いのに、欲が前に出てこない。
あれはお願いというより、
無事にここまで来たことへの報告に近いのかもしれません。
日本が、日本に戻る日。
そんな表現がしっくりきます。
裁かない世界と、「道」という考え方
日本は神道の国だと言われます。
万物に神が宿り、
自然と共に生きる感覚が根付いている。
自然は善悪を持たず、
ただ、そこに在るもの。
だからこそ日本では、
- 感謝する
- 祈る
- 鎮める
という行為が、長い時間をかけて積み重なってきました。
また、日本人特有の精神文化として、
「武士道」という考え方も生まれました。
武士道は、教えではなく、道。
形のないものですが、
道であるがゆえに、外れなければ誰でも立つことができる。
正しさを叫ぶのではなく、
どう在るかを問い続ける。
この感覚は、今も静かに受け継がれています。
静かな始まりでいい
年のはじめだからといって、
無理に大きな目標を掲げる必要はありません。
声高な決意表明をしなくてもいい。
ただ、
世界がまた動き出すこと。
その中に自分も立っていること。
それを静かに確認できれば、それで十分だと思います。
今年も「今日もご飯」は、
名ブタとアリネで、
淡々と、考えたことを書いていきます。
遠回りもするし、
立ち止まることもあるでしょう。
それでも、外れずに歩く。
そんな一年にできればと思います。
皆さまにとって2026年が良き年であることを願っております。
──名ブタ/アリネ











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